なぜ、へんぴな田舎まで苦しい思いをしに毎年3,000人のランナーが集まるのか? ブログ | 加納由理オフィシャルサイト

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パンダブログ

2016年6月23日

なぜ、へんぴな田舎まで苦しい思いをしに毎年3,000人のランナーが集まるのか?

その名も「みかた残酷マラソン」

はじめて訪れた小代

私が初めて兵庫県の香美町小代(かみちょうおじろ)に行ったのは2014年5月に現役引退してから2ヶ月経った頃でした。
きっかけは知り合いから「小代にすごいランニングコースがあるから走りに行ってみない?」という誘いを受けたからです。

兵庫県香美町小代は兵庫県の中心部神戸からは車で2時間以上かかる場所です。私は兵庫県出身ですが、同じ県内とは言え、兵庫県北部は遠い存在です。

そんな人口2,000名ちょっとの田舎町に毎年3000人近くのランナーが集まってくるのが、「みかた残酷マラソン全国大会」。 全長24km、高低差約410mの全国屈指の難関コースのマラソン大会です。

仕掛け人、久保井さんとの出会い

2年前初めて香美町に行った時に、「みかた残酷マラソン全国大会」の実行委員長である久保井洋次さんと知り合いました。

久保井さんは32歳の頃に体調を崩し、リハビリのためにジョギングを始めたことをきっかけに、走る楽しさを知り、これまで国内外で200を超える大会で完走されている方です。

久保井さんは私と初対面にも関わらず、「僕は加納さんの小さい頃(おそらく中高生時代)からあなたのことよく知ってるよ。あなたは本当に努力の選手だよね。」と、前から知り合いだったかのように接してくれました。

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小代を走る

私はこれまでトレーニングやレースで国内外のアップダウンの激しいと呼ばれるコースを走ってきました。

ですが、香美町小代の町を走り、小代の坂には驚きました。走れど走れど、上を見上げても頂上が見えてこない上り坂、やっとの思いで上りきって見下ろすと直角に見えるような下り坂。

一度、下り出すとブレーキがかけられず、「明日は絶対に筋肉痛なる」と覚悟させられるような下り坂でした。

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一緒に走りにきた人に「ここが残酷マラソンのコースだよ。」と聞き、 私が思ったのは、「えっ、ここを市民ランナーが走るの?」、「こんなすごいコースの大会、本当にランナーは走りに来るのだろうか?」、「走っていてもほとんど人に出会わない町に、3000人のランナーが来たらどんな景色になるのだろう?」でした。

アップダウンの激しい山間部を走り終えると、小さな集落に入っていきます。そこで初めて何人かの住民の方に会いました。

7月でしたので昨年の残酷マラソンが終わってから1ヶ月。出会ったおばあちゃんからは「こないだ終わったばかりなのに、もうマラソン?」 と励ましてもらえました。みなさんにとっては「マラソン=残酷マラソン」なのだと感じさせられました。

久保井さんは小代の全住人と知り合いなんじゃないかと思うくらい、出会う人、出会う人と話が弾んでいました。

残酷マラソンを走ってみよう

久保井さんとの話の中で、「来年の大会に来て、大会の雰囲気を味わってみるのはどう?」との誘いを受けました。

「残酷」と聞いただけでも正直「時期も暑くなってくるころだし、きついレースなんだろうな。」と、心の中で思う反面、「絶対無理!」と思うこと以外、色んなことに挑戦してみたい私にとっては、「このコースを走り切ってみたいな・・・。」と思う気持ちの方が勝りました。そして、今年ついに参加することになったのです。

2016年みかた残酷マラソン全国大会

参加賞は完走Tシャツのみ

実行委員長の久保井さんはレース前に「参加賞は完走Tシャツのみなんだ。」とおっしゃっていました。完走しなくてはもらえない完走Tシャツはランナーにとって、「難関コースを走り切った!」というモチベーションの一つになっているというのです。

数年前までは、Tシャツの他にも地元の特産品など用意したこともあったみたいですが、何か品物を用意するよりも、「ランナーには小代の人を見てもらおう」という思いになったそうです。

きちんと舗装されたコースも、13回大会からはあえて住民が住んでいる集落を通る不整地のコースに変更したことによって、応援もしやすいし、家の前で給水や給食などのエイドも出来るようになっています。

「エイドも色んな場所にあって何キロ地点って決まってないから、1〜2kmごとにあるし、全部とったらお腹タポタポになるから気をつけてね。」なんて言われたりしました。

そして、この大会の大きな特徴は地元の高校生が学校の授業の一貫で、スタッフとして大活躍していることです。「これをやりなさい」という指示はなく、自分たちが大会とどう関わりたいかを自分たちで考える必要があります。「こういった機会があるのは地域に根づいた大会だからこそなんだな」と、大会が始まる前から私はワクワクしていました。

残酷マラソン大会前日

大会前日には短時間でしたが、ランニングクリニックをさせていただきました。

やはりランナーの皆さんが気になるところは、「明日のコースをどんな感じで走ればよいのか?」、「上り坂の走り方」、「給水をするタイミング」などで、思っていた以上に真面目な質問が飛び交いました。

私からのアドバイスは「明日は多分蒸し暑くなります。後半の脚や身体へのダメージを少なくする上で、前半のペースは抑えめで入ることをおすすめします。」、「とにかく残酷なコースですから、開き直って楽しみましょう。」と自分の思っていることを伝えました。

そして、このクリニックで、今年で残酷マラソン15回目になる80歳のおじいちゃんにも出会いました。

このおじいちゃん、レース後も「4時間以上かかったけど、今年も無事に走りきれて良かった。」と、ニコニコしながら報告しにきてくれました。

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残酷マラソンレース本番

当日の天候は曇り、気温が28度とかなり蒸し暑い条件でした。

私の今回のレースのテーマは、「地元の方ともランナーとも一緒に楽しむ」でした。

できるだけ多くの人と触れ合えるようなレースにしたいと思いながらスタートしました。

スタートして1kmもいかないうちから地元の応援団が「頑張れ〜!」と大きな声で応援しれくれました。高校生はちょっと手を伸ばせば届く距離で、ハイタッチによさこいソーランを披露してくれました(^^)

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走りだしてから3kmくらいで、「今日はだいぶん蒸し暑いな。集中し過ぎるて周りが見えなくなると、折角のレースも楽しめなくなってしまいそうだから、前半は抑えよう」と思い、ペースを落すことにしました。現役時代の自分にはできなかったランニングの楽しみ方です。

手を伸ばせば届く距離

走っていて驚いたのは、応援してくれる人との距離のものすごい近さでした。

普段はほとんど人に会わない田舎道のコース上1kmに1回くらいの間隔で、地元の子供からお年寄りまでが待っていてくれました。

ほとんどの人が手を伸ばせば届くくらい近くにいて、声をかけられると立ち止まって話始めてしまいそうな距離です。

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給水所でペースを緩めながら走ったのも初めてです。走るペースを落としてでも「ありがとう」と言いたくなったからです。沿道との距離が近い分、自然と言葉が出て自分から近づきたくなる、そんな感じでした。

一緒に楽しむ、一緒に走る

ほぼ毎日走っている私ですらきついと感じるコースに、毎年3000人近くのランナーが集まってくるようなレース。

それが出来るのは、久保井さんはじめ、地元の方が1年に1回このレースでランナーをおもてなししたいという気持ちがあるからこそだと思います。一つのお祭りとしてランナーも地元の方も一緒に楽しむことができているからなんだな、と感じます。

ゴール地点の小代小学校運動グラウンドも大会らしさが出ていて運動会のような雰囲気でした。

ちょうど、グラウンドに戻ってくる前のところで久保井さんが戻ってくるランナーを一人ひとりハイタッチで出迎えていました。

聞こえてくる言葉は「ありがとう」、「おかえりなさい」、「今年も久保井さんに会いに来ましたよー。」という言葉たち。

ランナーが大会の主催者の顔を知っていて、毎年久保井さんに会いに来る。そんな光景を見たのは長い競技生活の間で初めてでした。

残酷マラソンゴール後

ゴール後のグランドでは、ランナーにとってモチベーションの一つである完走Tシャツを地元高校生が「お疲れさまでした」と言いながら渡してくれ、シューズのチップを取るのを手伝ってくれました。

テントでは、24kmを走り終えたランナーたちの身体を癒やしてくれるスペースがあります。

ダメージを受けた脚を冷やすための「アイシング用の氷」、見るからに美味しそうな「冷やしトマト」、地元名産「揖保乃糸の 冷やしそうめん」を地元のお母さん、高校生が笑顔で提供してくれました。

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ゴールを目指すランナー

そんな迎え入れる空気を感じているうちに、私は走って帰ってくるランナーの表情や地元応援団の様子をじっくり見たいと思い、ゴールから3kmほどコースを逆走してみることにしました。

ゴール目前のランナーの表情というと苦しそうというイメージですが、「みかた残酷マラソン」では20km以上を走ってきたのに「この明るい表情は何なんだ?」というランナーがほとんどでした。

「加納さんや、ありがとう。」と言い、私とのハイタッチに自ら近寄ってきてくれるランナーも沢山いました。暖かい大会の雰囲気が地元住民の方だけでない、ランナーにまで浸透している一体感を強く感じました。

みかた残酷マラソン全国大会に参加してみて

また来たいと思うマラソン大会

久保井さんから「是非、大会の雰囲気を味わってもらいたい」の一言から、ゲストとして参加したこの「みかた残酷マラソン」。レースを楽しめたのはもちろんでしたが、一番の収穫は「残酷マラソン」が始まったきっかけや24回を迎えるまでの苦労話、地域住民の方とランナーまでもが一緒に楽しめる大会になるまでの話を伺えたことでした。

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そして何より、レースを走ることで、大会をゼロから作り上げてきた久保井さんの想いを実感できたことが嬉しかったです。

前日、久保井さんの話を聞いただけでもワクワクしていましたが、この難関コースを最後まで笑顔で走り切らせてくれたのは、小さい子からお年寄りまで応援してくれた全ての人が笑顔で待っていてくれたからこそだと思います。

こんな笑顔で迎えられたら「ランナーみんなまた会いに来るわ。」と納得でした。私も笑ってレースを走るという、選手時代には出来なかった経験がまた1つ出来ました。

マラソン大会を企画する立場として

最後に印象に残っている久保井さんの言葉を紹介します。

「何と言っても特色のない田舎ですが、人恋しさは負けていません。ランナーには人を見てもらおう。ここからは試行錯誤して高校生の必要さにたどり着きました。景色も特色も何もなくても人さえいれば何とかなります。最終的には人ですよ。加納さんなら、十日町で、この経験を活かして素晴らしいマラソン大会を作れると思いますよ。」

私は現在、新潟県十日町市でのマラソン大会を企画中です。大会の運営者からこんな頼もしい言葉をいただき、素晴らしい大会も経験させていただきました。

その地域の魅力を丁寧に見つけ、その魅力にマラソン大会参加者が気付き、体感し、感動できるマラソン大会を作りたいと改めて思いました。最初から完璧な大会を作ることは難しいかもしれませんが、地域の方にランナーが会いにきてくれるような大会にしたいです。そして、参加してくれたランナーを久保井さんのようにあたたかく出迎えたいです。そんな心温まる最高の大会を作っていけるよう、頑張っていきたいと思います。


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