上手くいかない時こそ、自分の強みが見えてくる(マラソンランナー加納由理の高校時代編) ブログ | 加納由理オフィシャルサイト

facebook twitter amebablog instagram

パンダブログ

2016年10月11日

上手くいかない時こそ、自分の強みが見えてくる(マラソンランナー加納由理の高校時代編)

高校時代:実力はある。でも結果を出せない。

私が初めて世界で戦ったのは、大学3回生の頃に出場したユニバーシアード(大学生のオリンピック)で、10,000mで銀メダルを獲得した大会です。

少し前の高校時代では実力が付きつつあるものの、『ここ一番』で結果が出せないことが多かったのです。ですが、そんな中でも自分の「強み」となる部分が見つかってきたのです。

振り返ってみると、この高校時代があったからこそ、大学時代で大きく飛躍することができ、陸上の世界で生きていこうと思ったのです。

今回は高校時代に、どんな出会いや経験があったのか、その過程を振り返っていきたいと思います。

アスリートという意識の芽生え

高校生になると、中学生の「部活」から「アスリート、陸上選手」という大会を目指す規模になっていきます。そこで結果を出すために、練習にかける時間も大きく変わりました。

私の小学生の頃からの夢、「全国高校女子駅伝」に出場すること。

いよいよ、そのステージで「走れるんだ!」と思うと、自然に心が高鳴っていきます。

しかし、私が入学した須磨女子高校(元:須磨学園高等学校)は県内・県外から学校トップの選手が集まってきている駅伝有名高校です。1年生からすぐにトップ、レギュラーになれるなんて、そんな甘いものではありませんでした。

下へ下へと根を伸ばせ

高校へ入学し、私は近くに良い指導者がいれば、すぐに結果が出せるものだと思っていました。

しかし、1年生の頃はなかなか結果に結びつきませんでした。

その要因は、新しい生活環境の変化でした。

家から高校までは往復3時間。朝6時前に家を出て、朝練に参加。放課後は、再び16時位から18時まで練習。夜20時過ぎに家に帰宅する生活です。

「生活環境が慣れないのか?」

「ただ自分が伸び悩んでいるだけなのか?」

「強くなる要素はいっぱいあるのに、それなのに何で結果が出ないの?」

「明らかに練習量は増えているのになぜ。」

私の心はモヤモヤしていました。そこに追い打ちをかけるように阪神淡路大震災がやってきます。

慣れない環境、そして震災が重なり私の体調は低迷を続けていました。

モヤモヤが解消されたのは、結局2年生の秋頃でした。

結果が出てきたことによって、そのモヤモヤは自然と解消されていきました。

今から振り返ると、1年生のときは生活や練習に耐えられる体力がまだなかったからだと思っています。

「何も咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ、やがて大きな花が咲く。」という言葉がありますが、結果が出ない時、まさにこの根を伸ばすときだったのだと思います。

しかし、この悔しさが「最終的には私が学校のエースになって駅伝の1区を走ってやる!」 という気持ちに転化していったことを覚えています。

私は長い競技生活を通して「始めから成果のでる選手は長続きしない」と感じていました。

その理由は2つあります。

1つ目は、初期にピークがきてしまうとその後、うまくいかないと辛くなるという点。

2つ目は、始めからうまくいかないと、その悔しさから、逆に「願望が強化される」のではないかと思っています。

本当に強くなりたいよくなりたいと思っていれば、これはスポーツだけでなく、お仕事にも共通すると思います。

子どもの頃の夢が叶うか!と思いきや。。。

高校生活にも慣れだし、2年生の秋には5人の駅伝メンバーのレギュラーに入ります。

須磨女子高校は、すでに全国でも1桁順位の成績を収める学校でしたので、レギュラーに入れることはとても光栄なことでした。

そして、危なげなく兵庫県予選会も勝ち抜き、12月に京都で行われる「全国高校女子駅伝」への出場が決まりました。

京都での本番に向けて、しつこい程に京都のコース試走をし、私の頭の中にはレースのイメージが出来上がっていました。

レース1週間前には、本番で3区を走ることが決定。

小学生の頃から思い続けていた「全国高校女子駅伝を走る」という「夢」がついに叶うと信じていました。

しかし。

なんと大変な事態が起こります。

大会の本番5日前の練習中に足を痛めてしまいました。

本番までに何とか望みを捨てず、足を回復させようと出来る限りの力を尽くしました。

でも、足の痛みが消えず、そのまま大会当日を迎え、私は控え選手になりました。

こんなに悔しいことがあるでしょうか。

私はこのことをきっかけに、「自分の体の管理をもっと丁寧にすること」を心がけるようになったのです。

うまくいかないことや失敗には、いつも大きな教訓があります。

その結果、最終学年の3年生のときには1度も怪我をせず、走り続けることが出来ました

自己管理能力の大切さを痛感

学年も3年生になり、「全国高校選手権(インターハイ)」の出場を目指しました。

近畿大会で6位に入ると、全国大会に出場することが出来ます。

自分の気持の中では「6位に入って、全国大会決められたらかっこいいな。」という思いでした。

しかしそんな私の思いも届かず、レースの結果は9位でした。

私は、近畿大会落ちに終わりました。

実を言うと、私はこの大会において、いつもよりも少し体重が重い状態が続いていたのです。この時期の女子は、体重コントロールがすごく難しく、私も現役時代はウェイトコントロールには苦労しました。

この近畿インターハイ予選落ちをきっかけに、私は先生の進めで、1週間後の兵庫県選手権で5000mに初挑戦することにしました。

初めての挑戦でしたが、16分50秒を切ることを目標に大会に望みました。

母親にも食事管理をいつも以上に気を使ってもらい、大会までの1週間で少し多い体重も1kg落としました。

「自己管理をしっかりとして」と挑んだ大会。

周りの協力のお陰もあって、結果は

16分39秒。目標達成です。

少し自分の心がけを変えたことで、こんなすぐに結果を出せるとは思ってもいませんでした。

落ち込んでいた私を、たった1週間で結果として引き上げてくれて、「やれば出来るんだ。」という気持ちにさせてくれた、先生と母親には本当に感謝です。

そしてその結果で、私は8月下旬に行われる全国高校選手権5000mで出られることになったのです。

全国高校選手権5000m

大会へ向けての調子は上向きで、8位入賞が目標でした。

初めての全国大会で、緊張や少しビビってしまっているところもありましたが、こうしなくてはならないということはなく、自然体でレースは挑めました。

結果は16分25秒の自己ベストで4位に入りました。

近畿インターハイ予選落ちしてから、2ヶ月間でここまで持ってくることが出来ました。

これはウェイトコントロールがうまくいっていたこともあり、 食事面で気を使う部分を、母親が継続させてくれていたからだと思います。

悔しさをバネに強くなるということはこういうことだ、と実感しました。

最後の全国高校駅伝。またもや走れるのか?

前回、走れず終わった悔しさから1年。私の全国高校駅伝はこれが最初で最後の大会となります。

3年生の夏からエース区間1区を走るために頑張っていました。

そして私がエース区間を走ることは、先生も他のメンバーも認めてくれていました

あとは、「自分がレースでどんな走りをしたいのか? 」「どれだけエースとして自覚を持って、挑めるのか? 」「チームとしてどんな結果を出したいのか? 」

そのあたりが自分に取っては重要なところでした。

昨年同様、神戸地区予選からはじまり、県大会、全国大会へと順調に勝ち上がっていきました。

大会のある京都での試走もしっかり行い、大会1週間前には1区を走ることが決まっていました。

大会に向けて、体調も気持ちも徐々に上がってきていました。

それが・・。

大会2日前に京都入りしてから体調が悪くなってしまったのです。

おそらく38度を超える熱だったと思います。

「ここまできて、体調悪いなんて周りに言えないし、言ったところでメンバー変更なんてない。」

と、私は思ったのでその時、帯同してくれていた主治医の先生に自分の状態を打ち明け、体調が回復するよう最善を尽くしました。

しかし、当日を迎えても熱が下がることはありませんでした。

「先生にも自分の体調おかしいのバレてるよな・・。」と思いながら、 私はウォーミングアップを終えスタートを迎えました。

体調の悪さを吹き飛ばしても走れるような強い精神力が、その頃の私にはまだありませんでした。

結果は、

1区 区間17位

という惨敗。

しかし、チームとして2区以降のメンバーが盛り返してくれて7位入賞することが出来ました。

私の体調が悪いのに気づいていながらも黙っていて見てくれていた先生、自分の分をカバーしてくれたメンバーに本当に感謝しています。

振り返ると、中学時代・高校時代もまだ「ここぞ」という場面では力が発揮できないことが多いように思います。

実力は付いてきているが、本番に弱い。しかし、この弱い精神力も大学になってから結果を出すことで完全に払拭されたのです。

なかなか上手くいかない時に、自分の強みがわかり出す

今回、私の高校3年間は、 振り返ってみて、「なかなか思うように、結果が出ない時期が長かったな」と思います。

入学当初は、自分が思い描いていたようなテレビや本の世界へ行けるものだと思っていました。

しかし、現実はそう甘いものではありませんでした。

高校時代の自分が思い描いていた目標達成率をパーセンテージで表すと、60%ですね。

これは、ビッグレース(全国大会)で出ただけに終わってしまっているからです。

参加するだけのレベルでは、中学時代と変わってないんです。

しかし、そんな中でも新しい発見もありました。

全国高校選手権の5000mで4位に入ったことで、 やはり、私は長い距離に向いている確信したことです。

満足いかない中でも自分の長所を発見し、そこを育てていくことで、 大きい結果に結びついたりするものです。

私はその結果、2年後に学生チャンピオンになりました。

コツコツ続けることで、結果が時間差でついてくることもあります。

皆さんも、何か上手くいかない時や、いまいち前が見えない時がありますよね。

そういう時は、自分自身と向き合う時期だと思います。

「何が強みなのか」「何が得意でないのか」「何が他の人よりも上手くできるか」

を探すチャンスかもしれません。

必ず、自分自身の何処かに何か素質があるかと思います。

それを見つけるために、色々と挑戦し続けて下さいね。


関連記事