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パンダプロフィール

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加納由理プロフィール写真
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氏名:加納由里

ニックネーム:パンちゃん / 生年月日:1978年10月27日生

ニックネーム:パンちゃん

生年月日:1978年10月27日生

簡易プロフィール

兵庫県高砂市出身。私立須磨女子高等学校を卒業後、立命館大学経済学部に入学。陸上競技女子トラック長距離種目で無類の強さを誇り、チャンピオンとして数々のタイトルを獲得する。
大学卒業後は資生堂に入社。横浜国際女子駅伝では、日本代表チームの一員として最長区間を区間新記録で走り、優勝に貢献。全日本実業団女子駅伝でも、最長区間を走り、資生堂を初優勝に導く。自身初マラソンとなる大阪国際女子マラソンでは3位に入賞。世界陸上女子マラソンの補欠に選出される。その後、北海道マラソン優勝や名古屋国際女子マラソン優勝など数多くの実績を作り、ベルリン世界陸上の女子マラソン日本代表(7位)や香港東アジア競技大会ハーフマラソン(銀メダル)など国際大会でも活躍を納める。
2014年に現役を引退。現在は「生涯ランナー」をモットーに、ランニングを通して、「運動する喜び」や「続けることの大切さ」を伝えている。ランニングイベントやランニングスクールの主催や協力を精力的に行う一方で、学校やビジネス団体向けに講演を行うなど、教育活動にも力を注いでいる。

経歴

自己ベスト

主な戦績

好きなもの

私の人生を振り返って

  • 子供の頃なりたかったのはアラレちゃんで、とにかく子供の頃はおてんば娘と言われていました。5つ上の兄の影響もあってか、男の子と遊ぶことが多く、遊びと言えば川原にザリガニかカニ採り、落とし穴作りといったところでした。
  • 七・五・三の際には、着付けをしてもらったにも関わらず、遊びたいのが我慢できず、母が目を離したすきに着物のまま自転車で遊びに行ってしまい、母親を困らせてしまったことがありました。
  • 子供の頃から走るのは得意で、小学生のマラソン大会では常に1か2位でした。兄も陸上をしていて、大会の応援によく連れていってもらいました。学校のエースとして活躍している姿を見て、自分も色んな大会に出ていけるような選手になりたいと思うようになりました。
  • 中・高生の頃は勝ち切れないレースが多く、メンタル面が弱かったのですが、大学入学後に十倉コーチ(現、立命館女子陸上部コーチ)の指導により、力を伸ばし、インカレ優勝、ユニバーシアードでメダル獲得という目標を達成することができました。
  • 学生時に初めて全国タイトルをとったことで、自分がうれしかったこと以上に、周りが一緒に喜んでくれるという、今までに味わったことのない喜びが得られました。
  • 2001年4月に資生堂へ入社し、トラック種目を中心に競技に打ち込み自己ベストを更新。また、駅伝では長い距離の区間を走ることが多くありました。
  • 2006年の全日本実業団女子駅伝で優勝した時は、本当に優勝してしまったことがしばらく信じられませんでした。優勝インタビューで全く気の利いたコメントが出来なかったことは、今でも悔やまれます。
  • 2007年1月に人生初のフルマラソンに挑戦。とにかくあっという間に終わってしまったという感じでした。子供の頃は「フルマラソンを走る人は変人だ」と思っていたのに、今は自分がその変人として走っている。そんなことを思うと、走っている最中も少し笑えました。
  • 競技人生後半は、オリンピックと世界陸上競技選手権で日の丸を背負って走ることを目標に掲げたマラソン人生でした。
  • 国内レースでは安定して好成績を残すことができましたが(2や3位など)、なかなか勝ちきれないレースが続きました。今、振り返ると勝つにはもう一歩覚悟が足りなかったのだと思います。その後、2010年の名古屋国際女子マラソンは、調子は万全ではなかったのですが、絶対に負けられないと思って挑んだレースで、勝利することができました。
  • 2014年5月の引退までの3年程は、ケガに悩まされる日が続き、競技を長く続けることの難しさを知りました。ケガで走れない日々は辛かったのですが、この期間で人との出会いもあり、人の温かさをとても感じた期間でした。この期間に人として成長することができたようにも思います。
  • 競技引退後に自分と向き合って考えた結果、「自分にはマラソンしかない」と不安になりましたが、マラソンを通して培ってきたことに自信をもって、多くの人に走る喜び、走れる喜び、達成する喜びを伝えていきたいと思い、第二の人生を走り出しています。

私の夢

  • 2014年5月に引退を発表しました。これまでは競技者として常に結果を出さなければいけないというプレッシャーの中にいたので、走ることを楽しむということができていませんでした。思えば結果を出せない自分を責め、孤独で苦しい日々を過ごしていたように思います。
  • 引退後に自分は何をしたいのかと、じっくり時間をかけて自分と向き合ってきました。走らなくてもよい環境になった今でも、やはり走り続けていたいという気持ちが湧いてきました。
  • 競技者として一流じゃないかもしれないけれど、自分の人生の可能性を信じ、新しいことに挑戦し続け、夢や目標をもつ大切さと、そのプロセスを楽しむことの愛おしさを伝えていきたい。
  • そして、小さな子供にもご年配の方にも応援され、愛され続けられるような存在になりたい。そして、そのもらった愛情を還元していきたい。そんな走り続ける人生を私は生きていきたいと思っています。