2010 広州アジア大会 を振り返ってみて ブログ | 加納由理オフィシャルサイト

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パンダブログ

2019年7月19日

2010 広州アジア大会 を振り返ってみて

私にとってのアジア大会

2010年3月の名古屋国際女子マラソンで優勝し、その結果が評価され、自分にとっては初めてアジア大会に代表として走ることになりました。

この、アジア大会私が走った、現役時代のマラソンの中では、1、2位を争うくらいのとても苦しいレースになりました。

今、振り返ってみると、色々な気付きがありましたので、今回は、アジア大会のときのことを振り返ってみたいと思います。

身体の異変

2010年3月、名古屋国際女子マラソンで優勝し、メダルは取れるであろうという期待の中にあったが、トレーニングの段階で調子が上がってこず、気持ちの上での不安がある中で、レースの当日の日を迎えようとしていた。

遡ると、1年程前(2009年の世界選手権後)からなかなか身体の慢性疲労が抜けず、スケジュールが過密になったり、 ハードな練習が続くと体調を崩すことが多くなっていた。

練習でも本調子からは、程遠い走りが続いており、怪我をすることはなかったが、もう半年以上良い走りの感覚がつかめず、私はもがいていた。

アジア大会の1ヶ月半前の10月中旬、アメリカ・アルバカーキ合宿から帰国した直後、 右横腹にピリピリするような強い痛みに襲われた。
そこには痛みだけでなく、赤い斑点のような水ぶくれのようなものができていた。

すぐに帯状疱疹であることが分かった。

アジア大会が控えているので、トレーニングを休むことは頭になく、できる限りの トレーニングを続けていかなくては行けないのはもちろん、ゲストランナーの仕事も入っており、 痛み止めを飲みながらトレーニングを続けた。

痛みに加え、身体が動いてこない・・。

ただその日のトレーニングをこなすことだけが精一杯であったが、気持ちの上では調子が悪いながらも、今できるトレーニングをすることを心がけていた。

それでも、いい時の自分と比べてしまう自分がいて、それを思うと不安な気持ちでどうしょうもなかった。

合宿後半で痛み止めを飲みながらの練習はしなくてもよくはなったが、急激に体重が落ちたこともあったりで、レースへ向けての不安は消えることはなかったのですが、逆に直前の調整段階では、今回のレースも何とかなるだろうという気持ちで、レースを楽しみに変えれるよう心がけた。

だから、大会に向けての最終調整はそこまで悪い感じはなかった。

レース4日前に最終調整場所の宮崎から東京に移動し、次の日の早朝に中国・広州へ移動した。
時差が1時間しかない分、ギリギリまで日本に滞在出来たことは良かった。

今回のレースでの宿舎は、選手村での宿泊になった。

選手村はすごく広くて、この中で練習も食事もほとんどできる環境にあったので、過ごしやすかった。

中国は昆明合宿も経験していたので、食事には抵抗はなかったがレース前なので、何でも食べていいわけでもなく、炒めものや生野菜は避けるようにした。

最終の刺激練習も、無事に終わりあとは疲労を抜きながら緊張感を高めていく状況にあった。

大会前日の夜は、いつもより食欲はなかったが、あまり気にはしていなかった。

レース前日、就寝に入ってから身体に異変を感じた。なんか気持ち悪い、吐き気のようなものがしてきた。

朝、起きたら良くなると思ったが、回復しないまま朝を迎えた。

レース当日

食欲がない中、何とか朝食を押し込み、レースの会場へと移動した。

ここまで来て焦っても仕方がないとは思ったが、この吐き気だけは何とかならないだろうか。と思いながら、ウォームアップなどレースへの準備を続けた。

この身体の異変からくる不安と日本代表として戦うレースの緊張感が合わさって、レース前の私の表情は不安からいつも以上にこわばっていたと思う。

そして、レースが始まった。

レースペースではあったが、速くは感じないが、余裕があるようなないような・・。

ハーフを過ぎたあらりから、だんだん身体もきつくなってきて少しづつ集団から置いて行かれはじめた。
離れ出すとペースダウンの勢いが止まらなかった。

こんな大事なレースで自分は何やっているんだろう・・。
と、25km以降は自分を責めながら、気づいたらレースを終えていた。

広州まで自分の応援にたくさんの人が駆けつけて下さっていて、皆さんへの挨拶も、思うような言葉が出てこなかった。

いつもなら、すぐに次に向けてどうしたいとかの言葉が出るのですが、このときはマラソンから距離を置きたい感覚になったのです。

最後に

今振り返ると、このような走り、状態になったのは、レース前数ヶ月の問題ではなかったのだと思う。

順調に走れているときほど、どんどんやるのではなく、しっかり先を見据えて休まないといけないときは休まないといけないのです。

現役時代に私はそれに気づくことなく、引退したのですが、引退後に自分を客観視することでこういったことが見えてきて、複雑な心境です。

この気づきを自分自身の中で止めておくのはもったいないと思い、今回、記事を書かせていただきました。

今、なかなか上手く走れないなという、現役選手や市民ランナーの方のお力に少しでもなれると幸いです。


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