2022月02年03日
記録づくめだった2020年の箱根駅伝。従来の記録を大幅に更新する区間記録も多数誕生し、話題に事欠かなかった大会でしたね。
そんな中で、メンバーに入れなかったにも関わらず、大きな注目を集めていた選手がいました。彼の名は田母神一喜選手。名門中央大学にあって、異例の「1年生副キャプテン」を経験し、最終学年では「キャプテン」という立場でチームを支えた選手です。
中央大学時代には中距離を専門とし、オリンピックを目指していた彼が箱根駅伝のためにチームに戻り、裏方として下支えする姿は様々なマスコミで取り上げられてきましたが、彼のいじられキャラや広い視野に基づく競技観は意外と世の中に伝わっていません。
高校時代にインターハイチャンピオンになってから、トップアスリートとして活躍し続けてきた彼ですが、その競技人生は「挑戦」に溢れていました。
今年の4月からはプロアスリートとして、活動することを宣言した田母神選手。
今回はそんな彼の今の想いを垣間見たいと考えインタビューをお願いしました。沢山の人に彼の想いが伝わるきっかけになると嬉しいなと思います。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
※今回のアスリート対談はCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の感染予防の為、遠隔での対談形式となりました。
田母神一喜選手プロフィール
1997年 福島県生まれ。
所属:学法石川高校→中央大→阿見ACSHARKS
高校時代から抜群のスピードを活かし、800m、1500mを中心に活躍。高校3年時には全国高校総体と国体でそれぞれ優勝を果たす。同年世界ユース選手権の800m代表に選ばれ決勝で7位。次世代の中距離種目におけるホープとして注目を集める。
大学に進学した直後、名門中央大学にて異例の「1年副キャプテン」の指名を受け、話題に。中距離種目に集中するため、一時チームを離れるも、最終学年で再びチームに合流し、今度は「4年生キャプテン」としてチームを牽引。今春から阿見AC AHARKSに所属し、プロランナーとして再び世界の舞台を目指す。
2015年 全国高校総体1500m優勝、国民体育大会 800m優勝、世界ユース選手権800m7位。
2018年 日本選手権1500m 3位
2019年 アジア選手権 1500m 7位
箱根駅伝
加納:まずは、きっとみんなが知りたがっているであろう「箱根駅伝」の話から聞きたいなって思います。大学に入って中距離専門でやってきて、最後の箱根駅伝前にチームに合流したよね。世の中的にはその印象が強いんじゃないかなって思うけど、どんな覚悟でチームに合流したの?
田母神:キャプテンとしてチームに求められるものがあったので、それをちゃんと出していかなきゃって思いは強かったです。
でも本当のことを言うと、「覚悟」と「楽しみ」が半々くらいだったんですよね。
大学生になってずっと中距離を専門にしてきたので、正直言って走力的には10月の予選会を走ることも、本戦のメンバーに入ることも厳しい状況でした。でも、そんな挑戦ってなかなかできるものじゃないので、逆に「楽しもう」って思いになってたのかもしれません。
加納:今できる精一杯のチャレンジをしようって感じかな。でも、中距離から長距離に転向し、しかも短期間で体を作り替えるようなトレーニングだから、言葉で言う以上に大変だったでしょ。実際にやってみてどうだったの?
田母神:中距離選手って普段の練習ジョグは8〜10kmくらいしかやらないんですけど、チームに合流した途端に朝から70〜80分走るようになって、世界が一変しちゃいました。
最初の1週間はジョグだけしかしてなかったのに発熱したくらいです(笑)もうただただしんどかった・・・。
加納:ジョグで発熱!?それは相当やね(笑)
田母神:最初は、なんでこんなことしてるんだろうって思ったことが何度もありましたよ。最初の1ヶ月はひたすら苦しんでましたから。
加納:そういう苦しい時期は、チームの仲間に相談したりしたの?
田母神:なかなか相談できなかったですね。ちょうどタイミングが悪くて、同期の4年生も調子を落として走れていなかったんです。
中大では箱根に向けたメインの夏合宿前に、2泊3日の体慣らしみたいな合宿があるんですけど、それに4年生が誰も行けなくて、下級生から「4年生やる気あるんですか?」って言われてた。
でも事実だったし、自分も言い返せない。キャプテンとしてチームに合流したはずなのに、何やってるんだろうって歯痒かったですね。
加納:それって、本当に難しいよね。後輩の言ってることも田母神君の気持ちもわかる。お互いに本気だからこそ出る言葉なのかな。でも、現役の頃の私だったら、先輩にはなかなか言えないなぁ。
前に横田君が「僕、5000m走ったことあるんですけど、ベストは15分23秒で、高校までは16分15秒。」とか言ってたから、中距離の選手が5000、10000m走るって別物なんだろうね。ましてや20kmってなると、量を重視した練習がメインになる時期もあったりで、今までとは練習のアプローチ方が全然違ってくる。
田母神君みたいに中距離専門でやってきた選手だったら、ペースや量のところで退屈に感じてしまう時もあったんじゃないかと思うんだけど、どうだった?
田母神:練習はめちゃくちゃキツかったけど、退屈に感じることはありましたね。特に中大はめちゃくちゃ走りこむんです。夏に走り込みで30km走を3回とか。
加納:夏場に30km3回か。マラソンやってた私と同じ位走ってたかもね。
逆に私は、練習が少なかったんだけど。
田母神:え?マラソン選手と同じですか?
加納:変わらない位走ってそうだね。フルマラソンやるくらいの練習メニューこなしてるけど、大変だったでしょ。そんな状況でも楽しめてた?
田母神:めちゃくちゃしんどかったですけど、実際に楽しかったですよ。
高校3年生のインターハイで優勝してから、必ず勝たなきゃいけない!みたいなものが自分の中にあったんです。そのせいで、自分が進化してるのか退化してるのかわからない時があって、それって結構もどかしかった。
でも、この時は単純に力がついていく過程を実感できました。これって忘れていた何かを思い出したような感覚だったんですよね、それが自分にとっての「楽しさ」だったんです。
加納:箱根駅伝への挑戦を通して、変化を楽しめたってことか。たしかにそれはあるよね。同じところにいると刺激がなくて、なかなか変化って気づきにくいから。
田母神:箱根駅伝のために中大に戻ったことで、チームとして目標に向かっていく一体感はやっぱり特別だなと感じました。
駅伝って、特別じゃないですか。自分さえ良ければいいじゃなくて、チームにとって自分はどのポジションにいて、どうすれば1つの目標に向かっていけるかを考える団体競技です。
自分がチームを引っ張って動かすっていう経験ははじめてで難しかったですが、やってみてよかったなと思いました。
加納:キャプテンとして、どんなことを意識してチームを動かしてたの?
大学2年時の日本インカレ、左は同期の舟津選手
田母神:一番大事にしていたのは「アウトプットすること」です。年間通してミーティングはしていました。夏の時期は週に1回やってました。チーム内でお互いに沢山話したので、みんなアウトプットする力はついたと思います。
加納:それは、田母神君が話すことで、他の選手も乗っかって来る感じ?
田母神:下級生が上級生に思ったことを全て言うのって難しいじゃないですか。だから「アクティブ&クリエイティブ」というチームスローガンを掲げたんです。
アクティブは自ら動いてインプットもアウトプットもしていくこと、クリエイティブはそれを踏まえた上で自分を作り上げるってことなんですけど、スローガンとして明確にしたことで下級生も発言しやすい空気感を作り、学年ミーティングや上級生と下級生が意見を発信できる場を細く設けたんです。
加納:チームを作る上で、最初はコミュニケーションの量って大切だからね。
話しやすい雰囲気を作ることも。自分の強みやチームにとっての役割を“クリエイティブ”って表現したところは面白いなぁ。
田母神:そうですね。これは、横田さんの影響です。
加納:大学のチームから離れてきたからこそ、出てきた発想だよね。指導を受けてきたコーチの影響ってダイレクトに出るし、田母神君にとってはその考え方を中大でアウトプットできて良かったんじゃない。
アウトプットすることで、知らない間に身についていた自分の能力にはじめて気づくことは結構あるから。
田母神:横田さんは頭が良すぎるので、なんか言ったらすぐに跳ね返されちゃいます。
加納:それわかる。私も彼と話してると跳ね返されるしね笑
今回の経験って、今後社会人で陸上を続けていく上でどんなところにいきていきそう?
田母神:箱根駅伝では何かを学んだってことよりも、単純に楽しめたってことの方が大きかったです。仲間と競い合って何かを目指すってのは中距離を専門にしてるとなかなかないですから。
そして、他人の立場に立って物事を考えたり、相手はどうしてほしいのか、相手はどうしたら自分のことを理解してくれるとか、そういうことを改めて考える機会になりました。
加納:いろんな人の立場で物事を考えることって大切だよね。生きていく以上、人と関わり続けていくから、いい経験になったね。私も田母神君の話を聞いて、改めて考えるきっかけになったよ。
阿見AC SHARKS
阿見AC SHARKSのメンバー、左から田母神選手、楠選手、飯島選手
加納:この春からは大学を卒業して、阿見AC SHARKSに所属するんだよね。
陸上を続ける選択肢のなかで、実業団ではなく、あえてプロの選手として活動するクラブチームを選んだ理由はあるの?
※阿見AC SHARKS:日本初、男子中距離に特化したプロチーム。メンバーは、楠康成、田母神一喜、飯島陸斗の3名。
クラブの理事長楠康夫さんは、楠選手の父親。
田母神:阿見AC SHARKSを選んだ一番の理由は自分のやりたいことができる環境だからです。大学生の頃から、中高生の中距離選手が練習できる環境を整えてあげたいなって思っていました。しかも、ただ練習できる環境ではなく、選手も指導者も一緒にアウトプットしながら成長していくようなチームです。
このことは、横田さんにも相談していたのですが、そしたら「お前はまだ大学生だからそういうことはできないよ。楠のお父さんが理事長をやっている『阿見アスリートAC』が中高生のクラブを持っているから、そこに相談してみようか。」ということになったのがそもそもの始まりです。
そしたら、ゲストコーチとして阿見アスリートACに関わる機会を作ってくれました。
加納:へぇ、そうだったんだ。中高生の中距離の選手と一緒にやりたいって思ったきっかけは何かあるの?
田母神:僕はTwitterでよく発信するんですけど、中高生の中距離選手から、質問箱に相談がくるんです。彼らの多くは部活の中では「中距離」じゃなく1500m→駅伝、800m→短距離みたいに分けられちゃってた。
でも、これって別物じゃないですか。実際に指導者も少なく、中距離の専門的な指導を受ける機会が足りてないんだなって思ったんです。
やりたい種目をやらせてあげたいし、専門的な指導を受けたくてもうけられていない選手の受け皿になりたいなって思ったのがきっかけですね。
加納:聞くと確かになって思うな。
私は、純粋な長距離種目だったから、そういった目線での話は、なんか新鮮。今、阿見AC SHARKSのメンバーで、今後こうしていきたいとか話たりすることあるの?
田母神:僕は、(飯島)陸斗といる時間が長いから、2人で話した後、楠さんを交えた3人でミーティングしたりしてますね。
加納:最近やってたインスタライブもそのミーティングから出てきたアイディアなの?
田母神:TWOLAPSのミーティングで、自分達発信で何かできることはないかって議題がありました。横田さんには、応援されるにはその過程が大切って言われてたので、自分なりに何かできないかなって考えてたんです。
ずっと感じていたことなんですけど、トップ選手ってなかなか自分の弱いところ見せないですよね。でも自分はチームでもいじられる立ち位置だし、自分自身も弱いところとかダメなところを見せることに抵抗感が全然なくて、じゃあ逆にそれを見せたら面白いんじゃないかって思ったんです。
そのために何か良いコンテンツがないかなって思っていたところ、インスタライブにたどり着いたんですよね。ゲストと対談形式にすればお互いのことも分かるし、見てる人には自分達のことを知ってもらえる。実際にやってみると普通に楽しかったですね。
加納:(卜部)蘭ちゃんとの対談見たよ。田母神君がインスタライブをディレクションしてるような感じだったね。そのあたりは、中大でキャプテンやった経験が生きてそうだね。
田母神:あまり意識はしていませんでしたが、その人の魅力を引き出すために、自然とやってることは、中大でキャプテンをやった経験が活きてるかもしれません。
加納:選手の声をリアルに聞けるのは、ファンにとって嬉しいだろうね。今はレースの見通しがたっていない状況だけど、インスタライブをみたファンは応援し続けてくれると思うよ。
中距離への想い
大学4年時の関東インカレ
加納:これからは1500mを中心にしてやっていくんだよね。田母神君にとってのこだわりや魅力を教えてほしいな。
田母神:中距離の魅力は何と言っても駆け引きですね。自分は長い時間集中するのが苦手なので、練習時間が長距離よりも短くて済むってところも魅力ですけど(笑)
加納:たしかに!私の地元では兵庫リレーカーニバルがテレビで放送されていて、小学校の頃はよく見てたんだよね。その中でも特に1500mが好きで、すっかりハマっちゃってた。
田母神:実は、高校に入学したばかりの頃は長距離やってたんです。でもたまたま、同じ中学校だった子が地区インターハイの800mに出てて、それを見てたら「あれ、これ俺でも走れるんじゃね?」って直感的に思ったんです。
まぁ、実際にやってみると甘くなくて、初めて走った800mは2分5秒くらいの平凡なタイムで全然ダメ(苦笑)でも、純粋に楽しかったのはよく覚えてます。
チームメイトに相澤(東洋大→現:旭化成)とか阿部(明治大→現:住友電工)とか強い同期がいて、自分なんか下から数えて2番目とか3番目の選手だったこともあり、中距離に意識が向いたのは自然な流れだったのかもしれません。
加納:長いのは苦手だったってこと?
田母神:いや、実はそうでもなくて、中距離を専門にするまでは長い距離を踏む練習をかなりやってたんです。夏合宿のイベントとして最終日に檜原湖をみんなで1周(30km)するってのが定番で高校1年の時に2回やりました。
加納:えっ、高校生の頃からそんなに走ってたん?高校生で30km走をひと夏に2回やるとかやばい!!
田母神:ついでに冬季は合宿じゃない普段の練習でも「25km走」がメニューにあったし、5000mくらいなら普通に走れたと思いますよ。途中から中距離専門になったので、夏合宿の時期は別行動になりましたけど、あの練習量は普通にやばかったです(笑)
加納:今では中距離専門って自覚が強いと思うけど、そういう想いになるきっかけはあったの?
田母神:自分の中でターニングポイントになったのは、高校3年生の時の世界ユースでした。初めての世界大会でしたが、準決勝で自己ベストが出せて、メダルも狙えそうな位置にいました。でも、決勝は惨敗。メダルにかすりもせず、しかも準決勝で先着してた相手に負けちゃって、しかもそいつが銅メダルをとってて本当に悔しかった。
今振り返れば貴重な経験で、悔しい思いは今でも鮮明に思い出すんですよね。その時に世界ユースが行われたコロンビアはスタジアムに人が溢れていて、日本の陸上競技の大会じゃあまり見ない光景だったんです。
世界にはこんなに中距離で盛り上がる国があるんだなって思いましたし、この舞台でまた戦いたいってその時はっきり意識したのを覚えてます。
加納:大学では駅伝も走ろうって思ってたの?
田母神:はい、中大は自由度が高いって聞いていたので、800mと1500mをメインにしながら駅伝もできるかなって思って進学先を選びました。
なので、中距離の練習をやるために1年の途中から横田さんの指導も受けはじめたんですけど、慶應大で練習してそこから寮に戻るとなると夜の10時くらいになってました。寮の門限は9時半なので全く間に合わないですし、そこからお風呂に入って、寝る時間も遅かったので、翌朝練習に参加してってことをしてたら、体がもたなくなってきたんです。
自分のわがままだと思いながらも、藤原監督に1年の後半から朝練を不参加にさせてほしいと伝え、部屋も一人部屋にしてもらいました。
加納:監督もそれをよく聞いてくれたね。藤原監督は厳しい人って聞いてるけど、そんな特別対応を認めてくれたのは、田母神くんの本気度が伝わったからかもしれないね。
田母神:今春から所属している阿見ACの楠理事長も、「日本の長距離界はスピードを強化するトレーニングをやっていかないと、どんどん世界においていかれる」って常に言ってます。
スピードって武器だと思うし、スピードがあって損することはないじゃないですか。マラソンをやるのであれば、長い距離に対するタフさは必要だと思うんですけど、10000mをやる選手が長い距離ばかりに固執してトレーニングするのはもったいない。
加納:確かにね。スピードから世界ってわかってるけど、日本人は長いのにいきがち。私の資生堂時代の先輩の弘山晴美さんは800mからマラソンまでやった人だから、まさにスピードを磨いていったってとこに当てはまりそうだね。私はスピードがないと自分で思い込んでいたところもあって、正直スピード練習から逃げてたわ。
横田真人コーチ
加納:これまでも横田コーチの名前が出てきているけど、田母神君が横田コーチから受けている影響ってどんなところがある?
田母神:横田さんは、考える機会を与えてくれていると人といった感じなんですよ。この前(飯島)陸斗とも話してましたが、横田さんの場合は各選手にあった選択肢をたくさん与えてくれるのですが、正解は与えない。だから、「これだ!」という結論は自分で導いていかなくちゃいけないんです。
横田さんと話す時は、競技のことが3割で、人生のあり方などそれ以外のことが7割といった感じです。
加納:なるほど、技術的な内容に関しては、お互いに話していくなかで自分で気づき整理して、必要に応じて答えてくれるみたいな感じなのかな。
田母神:自分は感覚派なので、競技に関して自分が感じていることを言語化することが苦手で、横田さんに伝えられていないと思います。でも逆に自分がハマっているっていう感覚があればうまくいく自信はあるので、具体的にアドバイスを求めることはあまりないかもしれません。
そもそも横田さんは、そういった自分の感覚を汲み取ってくれる人なので、メニューもそういったものを配慮して提案してくれます。横田さんに対する信頼度はめちゃくちゃ高いですね。
加納:真面目にやれば結果につながるってことね。
田母神:自分は飽きっぽくて、なかなか継続できないので、それが大きな課題ですね。
加納:陸上を続けてることは継続ってことではないの?
田母神:陸上は、競技を楽しいって感覚でやっているので頑張って(無理しながら)継続しているっていう感じとは違うんですよね。
将来は陸上の指導もしていきたいので、自分が楽しいとかワクワクするってところを大切にしていきたいと思ってます。
加納:確かに、大人が楽しそうってなっている姿って、子供は見たいと思うわ。
田母神:「大人が本気で遊ぶ」ってのを、子供に見せるっていうのはすごく大切だなと思ってるんですよ。
横田さんにもよく言われるんですけど、「他人を本気にさせるために自分の本気をどう伝えるか。」が大事だと思っていて、遊びも本気でやることで想いがちゃんと伝わると思うんですよね。
加納:そういえば田母神くんは草野球チームの運営もやってたよね。たしか、ゲイターズ!
草野球チーム「ゲイターズ」の集合写真
田母神:そうなんです。チームの代表をやってるので、部員の勧誘、試合の日程、合宿の日程組みとかしてますね。陸上選手で野球やりたいって人もいるので、そういった子も誘ってます。まぁ、活動自体が月に1〜2回なので、陸上競技がメインのアスリートにとっても全然負担になってないと思います。
加納:一緒になにかやることで、情報交換もできたりして、色んな話生まれそうだもんね。
田母神:その人にとって、色んな居場所があるって大切だと思っています
ゲイターズで一緒に野球やってくれているメンバーって陸上選手だけじゃなく、色んなジャンルの人がいます。それがいいんですよね。
加納:色んな居場所をジャンル問わず、繋がりを作ることができるのは田母神君の強みだね。
田母神:浅く広くを極めているので(笑)、友達は多いと思います。
最近はzoomで、違う種目の選手と話しましたが、自分にはない感覚もあって、とてもおもしろかったです。
加納:それは、よく分かる。
同じものでも見えているものって違うし、新たな気付きや学びもあるよね。
オリンピックと夢
ゴールデングランプリ大阪2019
加納:もともと東京オリンピックを目指してきた田母神君にとって、それが1年延びたことついてどう考えてるの?
田母神:箱根駅伝を目指したチームに合流した時点で、東京オリンピックは無理だなと思ってました。でもそうなったことで改めて、自分にとって「オリンピックを目指すということはどういうことか?」を考えるきっかけになったと思ってます。
オリンピックには東京に拘らずどこか狙えるタイミングで必ず出たいって思ってるんですけど、それだけを目指しちゃうと走るってことが楽しいと思えなくなっちゃう気がしてます。
そう考えた時に、自分にとって一番やりたいことは「福島にクラブチームを作ること」だって思い、そのために自分が競技でしっかり実績を出すことや人とのつながりを作ることをしていこうって思ったんです。
誤解のないようにいうと、競技者として純粋に上の世界を目指したいって思いも強く持ってます。今の自分とセカンドキャリアとしての自分が五分五分くらいの感じですね。
加納:そこまで考えるのもすごいね。以前、別競技の選手も同じような話をしてたね。オリンピックや世界大会が次の人生につながるって。
田母神:インターハイで優勝して日本一になった時に、得るものってそんなに大きくないなって思ったんです。周りからは「すごいね」って言われるけど、自分の中に本当の幸福感が欲しいんです。
加納:それは、分かるなぁ。
田母神:クラブチームを作りたいって思いがあるから競技も頑張れるし、競技を頑張った結果クラブチームを作ることにつながるって思えば頑張れると思うんですよ。
加納:そういうことは、現役時代からやっていれば協力してくれる人も現れるだろうね。
田母神:例えば地元で陸上教室の開催をお願いされたら、自分だけが行くんじゃなくていろんな種目の人を連れて行きたいと思ってるんですよ。
人と人と繋げるのが好きなんですよ(笑)遊ぶ時も友達同士を繋げたりしてます。そういうのって横田さんも一緒なんですよね。
加納:横田コーチと田母神くんって似てるんじゃない!?
田母神:横田さんに言われます「お前を見てると、昔の俺を見てるみたいだ」って。でも「俺とお前の違うところは、本質を見極めることだけどね」って釘も刺される(笑)
加納:そういうやりとりを見ても、横田コーチと面白い関係性だよね。
田母神:横田さんには、こういうチームを作りたいですっていう想いをまとめて伝えているんです。今からできることをやっていこうって思ってます。
たとえば、地元の競技場は18時までしか使えないので、それを市の体育協会と市議会に訴えかけて、20時くらいまで使えるようにお願いしようと思ってます。県立高校の子たちは七限まで授業がある日は全然練習できない。文武両道を目指す子たちを応援してあげたいんですよね。
将来、県立高校で勉強も部活も頑張りたいっていう子が自分のクラブチームに所属して頑張れる環境を作ってあげたいなって思ってるので、その布石ですね。
加納:今からできることはどんどんやったほうがいいね!
今日は、なんか色んな田母神君の中にあるものを聞かせてもらって面白かったわ。
競技者としてはもちろん、今後田母神君が競技を通して、どう人生構築していくのかも注目していますね。
ありがとうございました!
横田コーチから田母神選手へ
田母神は、人との出会いで成長してきたと思っています。
中学、高校、大学、そしてプロになるまで、指導者の方の繋がり、周りの人のサポートを力に変えて結果を出してきた選手だと思います。
ずっとTaker(受け取る人)だったわけです。そんな彼が、箱根駅伝を通して、自分が学んだことや経験を相手に伝えるGiver(与える人)としての経験を得ました。
キャプテンをする中で、うまくいかなかったこともたくさんあったと聞きます。
ただ、彼なりに考えて努力し続けたことがなによりの財産で、今後の彼のやりたいことにつながってくると思います。
彼のやりたいことは2つ。
オリンピックに出ることと福島にクラブチームを立ち上げること。オリンピックに出るのは周りの人をどれだけ巻き込んで本気にできるかが重要なんです。
事業を立ち上げるのも全く同じ。
彼がその二つを叶える過程と叶えた先に、なにをGiveできるのか。
これからもっと掘っていって欲しいと思いました。
対談を終えて、加納由理の振り返り
今回の田母神選手の話を聞かせてもらい、私自身の競技人生と照らし合わせて考えることも多く、非常に面白い対談になりました。
大学を卒業したばかりの田母神選手ですが、1歩1歩自分の強みを生かして動いている姿や考え方にとても感心しましたし、彼が多くの人から愛される人間であることも納得。純粋に彼がこれから競技者としてどんな風に活躍し、どういった人生を歩んでいくかが楽しみです。
私の競技人生を振り返ってみても、彼ほど心からワクワクしながら競技に取り組んでいる選手は見たことがありません。私も走ることが楽しいと思う瞬間はありますが、それはあくまで何かに耐えた先に得られる「ご褒美」のような楽しさ。走ること自体を純粋に楽しめたかというと、正直自身がありません。
ところが彼に至っては、純粋に「走ること」を楽しんでいる様子が垣間見え、そんな心持ちで現役生活を過ごせているところが羨ましくもあり、そして頼もしくもありました。
まだ若いので、今後の人との繋がり、関わり方で、様々なことがブラッシュアップされていくだろうと思います。経験したことを躊躇することなく受け入れ、ありのままの姿を見せてくれる彼の活躍に今後も注目していきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。