2020月07年10日
新型コロナウィルス感染症(COVID-19)拡大の影響で、1年遅れで開催された東京オリンピック。
1年延期になり、選手自身も大会への調整が厳しい中、女子1500mで日本人女子選手初の3分台になる3分59秒19をマークした田中希実選手、そして10000mでは廣中璃梨花選手が7位入賞を果たしました。
若手選手の活躍に引っ張られるように、秋の駅伝シーズンから一際注目される選手が現れました。
それが、今回インタビューさせていただいた、拓殖大学の不破聖衣来選手です。
秋の駅伝シーズンから今後の目標、そして、過去の話にも遡りお話を聞かせていただきました。
不破聖衣来選手プロフィール
2003年群馬県高崎市生まれ。
所属:高崎市大類中→高崎健康福祉大学高校→拓殖大
2017年全国中学選手権1500m優勝
2018年ジュニアオリンピック3000m優勝
2021年U20日本選手権5000m優勝
2021年日本インカレ5000m優勝
2021年12月の関西実業団タイムトライアルでトラック10000mに初挑戦し、30分45秒21の日本歴代2位をマーク(U20日本新記録、日本学生新記録)
走る直前まで不安あった、秋冬シーズンの活躍の裏側
加納:秋シーズンは駅伝、ロード、トラックと長い距離を連戦する中で、素晴らしい結果を残してきたよね。でもまだ大学1年生だし、距離に対する不安はなかったの?
不破:高校時代は1500mと3000mが中心種目だったので、10000mどころか5000mも1度しか走ったことがありません。
そんな状況でしたが、10月の駅伝で初めて9.2kmという距離の区間を任せてもらうことになった時は、「いけるかな?」「どうかな?」という不安は走る直前までありました。
加納:確かに、それは未知の世界。不安があって当然だよね。でも、それでいてあれだけ結果が残せちゃうのは、ほんとすごいことだよ。スタートする前は、このくらいのペースでいこうって決めていたの?
不破:不安はあったんですけど、練習もしっかりこなせていたので、3分10秒/kmペースなら押していけるかな?という感覚もありました。
ただ、初めてのレースだったので、勝手がなかなか分からず、序盤は手探りで走ってたんです。でも、徐々に動きが良くなっていったので、これはいけるかなと思いました。
加納:そのレース、私もテレビで見てたけど、後半の方がペース上がってたよね。
不破:はい。でも実はその駅伝では時計をつけていなかったんです。体が動く感覚が出てからはペースは全然気にしてませんでした。ただただ、前を追うことだけに集中して走っていた感じですね。
加納:それで、あの走りか(笑)。それ以降の快進撃もすごかったよね。一気に注目が集まったのは京都で行われた関西実業団記録会の10000mじゃないかな。日本歴代2位の記録を出した時も後半の5000mの方がペースアップしてたよね。あの時は途中で「よっしゃ、いける!」と思ってペースアップしたの?
不破:あの時は32分くらいで走れればいいという感じだったんです。なので、余裕を持ってレースを進めていたんですけど、思っていたよりも速いペースで走れていたので、もしかしたらいけるかもと思って、ペースアップしました。
加納:きついなと思った場面はあった?
不破:ペースアップしてからすごくきつかったんですけど、監督が1周1周のラップを読んでくださったおかげで、ペースが落ちてなかったのが分かり、それが嬉しくて安心して走れました。
加納:もしかしたら、すごい記録が出るかもみたいな?
不破:そうですね、ワクワク感がありましたね。
加納:そのワクワクする感覚って大事だよね。10月の駅伝の時はまだ距離が不安だったって話してたけど、12月の記録会の時はそういった不安感はどうだったの?
不破:12月の記録会に出る時点では約10kmのレースを2本走っていたので距離に対する不安はなかったです。
でも、今回はロードではなくトラックだったので、どこまで走れるのかな?というところは自分でもわからないなって思いながらスタートラインに立ってました。
加納:確かにロードとトラックじゃ感覚って違うもんね。ちなみに、レース前ってちょっと不安な方が気持ちが落ち着く?それとも、不安もなく自信に満ち溢れている時のほうが落ち着く?ちなみに私は前者かな。ちょっと不安が残っていた方が、落ち着いて走れる感じだったんだよね。
不破:私は直前まで不安になってるってことはあまりないです。特に今は、どこまで走れるかな?というワクワクの方が強いですね。
加納:不安があるとか、自信があるといった状態とまた違った次元に感じるね(笑)それって中学、高校生の時からずっとそんな感じなの?
不破:最初から、そうだった訳ではないんですけど、中学生の頃に県大会で上位入賞できるようになってからは、そういうスタンスに変わって競技が楽しめるようになった気がします。
加納:なるほど、結果が自信の裏付けになってる感じかな。今年は世界選手権もあるし、いろんなレースを経験するとレース前の気持ちの持っていき方が変化するかもしれないね。
高校時代の怪我がメンタル面を大きく成長させた
練習前の五十嵐監督と不破選手
加納:高校時代は3年生の時にコロナの影響を受けて、レースがほとんど無くなっちゃったよね。かなり特殊な状況だったけど、高校時代全体で見るとどんな感じの3年間だったの?
不破:高校時代全体で考えると、怪我の影響もあってなかなか思うように走れなかったことが多かったです。記録は高校1年生の頃が一番よかったですしね。ただ、記録以上に3年間を通して経験できたこと自体が財産なので、中身の濃い時間を過ごせたと思ってます。
加納:メンタル的なものってことかな?
不破:そうですね、高校時代に経験した怪我が私のメンタル面を大きく成長させてくれたと思います。
実は、高校2年生の時に「筋膜内血腫」という怪我に悩まされていました。左足の脛のあたりに血液が溜まってしまい、痛みが伴う症状です。私の場合はうまく外科的な処置ができない状態だったようで、「治療法は安静しかない」と言われて途方に暮れました。
治る見込みがなかなか見出せない中で過ごした4ヶ月はもう走れないんじゃないと思うくらい気持ちが落ちたこともありました。でも、そこからちゃんと立て直してまた走れるようになった経験はとても大きかったです。
加納:怪我って治るまでに時間がかかるから、どれくらいで良くなるかが分からないと辛いよね。そこから復帰する時、体の感触的にはどんな感じだったの?
不破:練習に復帰した当初は呼吸よりも身体がついてこないという感じでした。出しきれずに走り終えてしまうような感覚です。
加納:走り方が分からない・・・みたいな感じかな?
不破:はい、そんな感じです。10月の駅伝には間に合ったんですけど、本調子までは到底持っていけませんでした。
それでも、12月の日体大記録会で3000mを9分20秒で走れたので、だいぶ戻す事はできたと思います。
3年生はコロナの影響があってレースが少なかったので記録はほとんど残っていませんが、コツコツ練習を継続することはできました。
世界で戦える選手になりたいと拓殖大学を志望
加納:3年生になると、進路の話が出てくると思うけど、拓殖大学に進学することになった決め手はなんだったの?
不破:拓殖大への進学は3年生に上がってすぐの時期に決めました。
昔からぼんやりと『世界で戦える選手になりたい』と思っていましたが、具体的にどうすればそうなれるかについては自分でちゃんと分かっていませんでした。
でも、そういった私の想いを五十嵐監督がはっきりしたプランで示してくれて、拓殖大学なら自分の想いを叶えられる!と思い、それが決め手になりました。
加納:入学前にはっきりしたプランを示してもらえると、すごくイメージが湧くよね。12月に世界選手権の標準記録を切ったし、徐々に世界で戦うっていう実感が湧いてきたんじゃない?
不破:実はまだ実感は湧いてないんですよね。本来であれば去年U20の世界選手権の代表に選ばれていたので、世界で戦うということを身を持って経験してたはずなんですけど、残念ながら開催が見送られて実際に戦うことはできませんでした。なので、今年オレゴンで開催される世界選手権にはなにが何でも出たいと思ってます。
加納:大学入学後は貧血にも悩まされたという話を聞いたけど、今は大丈夫?
不破:高校の時は貧血とは無縁の状態だったのですが、大学に入って初めて貧血を経験しました。症状が特に酷かったのは入学直後の4月と夏合宿の時あたりですね。その時は、みんなとのJOGにもついていけなくてしんどかったです。
加納:環境の変化とかは大きいだろうね。私もあったし。食事は寮食もあるって聞いたけど、寮食がない日は自分でも作ったりする?
不破:今は昼と日曜は自炊です。
加納:定番料理はある?
不破:安い時にお肉を買ってきて、味付けした状態で冷凍してるんですけど、それを焼くことが多いですね。大学生になってからは自分なりに影響バランスを考えて作ってます。
あのランニングフォームを生み出せるルーティンとは
加納:練習の得意/不得意はある?
不破:インターバル系はいい感じにこなせるのですが、ペース走は長く感じて飽きちゃうので今は得意ではないです。
加納:ペース走って何メートルから長いって感じるの?
不破:8000mです。
加納:ええ、8000m!?笑
不破:大学入ってまだ8000m以上のペース走はやらせてもらってません。8000mって短いはずなのに、その距離に慣れてしまうと、8000mでも長いって感じちゃうんです笑
加納:練習のペースもガンガン上げているって感じじゃないよね。今は、練習では抑えて、本番で力を爆発させる感じなのかな?
不破:今は、明らかにレースの方が速いペースで走っています。最近は10kmや10000mのレースが続いていて、自分では気づけていない疲労もあるかと思うので、その辺りは慎重にやっていきたいと思っています。
加納:不破選手は小柄ながら、ランニングフォームが大きくてストライドも広いって言われると思うけど、自分で何かトレーニングはしてるの?
不破:特別なトレーニングはしていませんが、練習後の流しの際に前方から見たら足の裏が見えるような感じになるようにストライドを広げる意識を持ってやってます。
全部その意識で走ってってわけじゃないのですが、途中の何本かはそんな感じですね。レースではそういった走りが無意識にできるようにできるといいなと思っているので。
加納:練習を見させてもらった時に、ポイント練習の前後ですごく丁寧に流しやってたよね。それはそういう意識だったんだ!
不破:中学の恩師が快調走や流しをすごく大切にする方だったので、今もその意識が残ってます。苦しくなった時にフォームが崩れそうになるのですが、流しを丁寧にやっているとちゃんと自分で修正できるんですよね。
加納:中学の時に受けた指導が今に生きてるって感じだね。そういうのはすごく大切だよね。お守りみたいな。
不破:はい、精神的に安心しますね。
今の課題と今後のビジョン
加納:今年の目標は?
不破:今年の最大の目標は世界選手権です。大学在学中は2024年のパリオリンピック。
加納:パリオリンピックはトラックでって考えてるの?
不破:そうですね。まだマラソンは時期尚早かなと思っているので、パリまではトラックの10000mで狙っていこうと思っています。
加納:今年が世界選手権、2年後の2024年はパリオリンピックっていう流れだけど、そこにつなげるための今の課題ってどんなとこだと考える?
不破:まだ、走り込める体ではないのが課題です。食事でいうと昔よりは食べる量も増えましたが、まだ足りないなというとこがあります。練習でも、チームのみんながペース走やっている時に、自分だけjogの時があるので、一緒に走り込んだ時に耐えられる体作りが一番かなと今は思っています。
加納:マラソンをやりたい想いはある?
不破:大学在学中はないですが、その先でやりたいと思っています。
加納:いつくらいから始めたいとかはあるの?
不破:監督からも「向いていると思う」と言われているので、早い段階で挑戦したいなという想いはあります。
大学を卒業して、結構早い時期に始めることができたらいいかな。やっぱり長距離選手だから、将来マラソンやってみたいし、マラソンは憧れみたいなのがあるんですよね。
加納:現段階でどこのレース走ってみたいとかはある?
不破:今の時点でどこの大会ってのははっきりはしていないですが、やっぱり一番はオリンピックで戦いたいです。
最後に
最初、グランドで会った時の印象は、可愛らしい女子ランナーという感じでした。
しかし、練習が始まると同時に、表情が一気に引き締まり、1つ1つの丁寧な動きにも強さを感じました。
まだ、18歳と若い選手。
今年はオレゴンで世界選手権があり、2024年にはパリオリンピックが開催されます。
プレッシャーを感じすぎず、伸び伸び走ってもらえたらなと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。