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パンダブログ

2017年8月12日

世界で戦うための経験と心構え|世界陸上ロンドンにおもう
2017ロンドン世界選手権

8月5日〜13日の9日間開催の、世界陸上ロンドン大会も残すところあとわずかとなりました。

日本選手では、男子200mでサニー・ブラウン選手が14年ぶり決勝へ進出し、史上最年少ファイナリストとして堂々の7位入賞という活躍を見せてくれ、これからが楽しみな走りをしてくれました。男子4×100mリレー決勝もどうなるか楽しみですね。

私も2009年の世界陸上ベルリン大会でマラソン代表として走り、7位入賞という成績でした。

今回のロンドン大会では、男女マラソンでは22年ぶりの入賞ゼロという結果に終わり、メディアからの選手へ向けて、厳しいコメントを拝見しました。

今日は私の現役時代の経験と、引退後の経験を踏まえて、「世界で戦うための経験と心構え」として、私が22年間の競技生活を経て、これだけは押さえておいて欲しいということをあげさせていただきました。

これは、現役選手や指導者に参考になってもらえたらと思いつつも、マラソン好きの方、市民ランナーとして上を目指されている方にも参考になる内容になっているかと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

マラソンで戦うためには多くの経験が不可欠

2017年ロンドン世界選手権(2)png.
提供:EKIDEN Newsさん、ロンドン世界選手権女子マラソンのレース中の模様。日本選手は、16位の清田選手。

最近の国内マラソンレースはペーサーが付き、30kmまで設定通りのペースで連れて行ってくれるのが主流になっています。

ですので、記録を狙うレースにするという点では持って来いのレースです。

この5年間だけでも、世界を見れば2時間20分〜23分台の選手が多くいますので、世界へ近づく為には「記録を出す」という視点に偏るのも仕方がないなとは思っています。

私も20代の頃は、記録重視という考えでした。

実際に、自分のマラソン選手でのピークと思われる28〜30歳の時に、ベルリンやロンドンなど海外の記録が狙いやすいレースに出て、2時間20分〜21分台を狙いたいと思っていた時期もありました。

しかし、私が2009年に世界陸上ベルリン大会を走った時に、国内や海外でのマラソンのレースと世界選手権は全く別物の競技だと感じたのです。

私が世界選手権のスタートラインに立ったのは、30歳の時です。

その時のマラソンベストタイムは2時間24分27秒です。タイムを狙うレースではなく勝負のレースでのタイムですから、記録的には世界のトップと戦う準備があったと思っていました。それでも、世界陸上では思い通りのレースをさせてもらえませんでした。というか、自分の力を発揮するのが非常に困難だったと思います。

ベルリン世界陸上を振り返ると

マラソンのレースは1km3分40秒〜3分30秒くらいを行ったり来たりするスローペースで、私のベストタイムがからすると、1km平均でも10〜20秒も遅いタイムでした。

しかもこれは1kmでラップをとっているからであって、実際は数百メートルごとに小刻みなペースのアップダウンの変化繰り返されます。テレビなどで5kmごとのラップタイムだけを見ていると気づきにくいですが、これは一定の速いペースでおしていくレースよりも結構きつさを感じます。中盤までのレース中の揺さぶりに耐えるだけでも、かなり体や心理的にも辛かった覚えがあります。

5kmごとの給水も強引にとりに行かないと撮り損ねます。今回のロンドン大会でもレース巧者の川内優輝選手ですら、給水の失敗がありました。給水がとれるかとれないかでも、その後のレースを冷静に進められるかのを左右します。オリンピックや世界陸上は夏場のレースですから、給水は結果にダイレクトに響く生命線です。

揺さぶりに耐えながら、ハーフを過ぎても、なかなか崩れない大集団。自分よりも力のないはずの選手がまだ元気に集団に残っていることも、心理的なきつさに追い打ちをかけてしまっているように感じた瞬間もありました。

メンタル的にも弱くなりかけたところもありましたが、自分自身に「いや、私はこの中でもトップクラスの選手なのだから、ここで落ちるわけがない、あと少し我慢すれば人数も絞られて、自分の走り易いレースになってくるはず」と自分に言い聞かせながら、自分を信じながら、レースを進めました。

2009年ベルリン世界陸上競技大会を走る加納由理

2009年ベルリン世界陸上競技大会を走る加納由理

2009年ベルリン世界選手権ブログ<レース編>の記事はコチラ

海外レースの経験が結果を左右する

レースに飲まれてしまって無駄な動きをして消耗したり、気持ちが折れてしまって力を出しきれなかったり、気負いすぎて勝負のタイミングを外したり、気持ち一つでマラソンの結果は大きく変わってきます。ましてやオリンピックや世界陸上など、勝ち負けを競うレースにおいては、もはや「記録」そのものはさほど意味がなく、強さを競うための「メンタル」の要素が大きい勝負なのだと気付きました。

きついながらも、レース中に自分を励まし、最後まで気持ちを切らさずに走りきれたのは、私自身が海外レースで色んな経験をしてきたからだと思います。 フルマラソン、ハーフマラソン、10km程度のロードレース、トラック種目と海外で20以上のレースを経験してきたことが生きたと感じています。

フルマラソンは、ロンドンマラソンやニューヨークシティマラソンのWMM(ワールドマラソンメジャーズ)のレースを走りました。ロンドンマラソンは、石畳の多いコースはじわじわ脚に疲労がきましたし、ヨーロッパ特有の道幅の狭いコース、そしてカーブが多いコースは走りにくさも感じました。

その後のベルリン世界選手権のコースも同じような感じでしたので、世界選手権前にヨーロッパのコースを体験していたのは、良かったです。

ニューヨークシティマラソンでは、初めてレース中に転倒するというアクシデントがありました。この時のレースは1km3分40秒くらいから始まる、超スローペースでした。勝負レースになると、選手と選手が接近して走ってしまう分、体の接触が多くなってしまいます。しかも、骨格が違う海外選手は走りのリズムも違ってきますので、脚が当たってしまうこともあります。

世界大会では、力がある選手が揃ってくるレースですので、集団の中で揉まれても、冷静に自分の世界でレースを進められる精神力が必要になってきます。

「力をつけること」と「力を発揮すること」

ニューヨークシティマラソンで気付いたことがもう一つあります。それは、日本と海外とでは選手に対して、賞賛する視点が違うことです。

日本のマラソンは記録を重視する傾向が強いですが、海外のマラソンは記録よりも順位、とりわけ1位になることが名誉であると考えられます。2017年ボストンマラソンで初マラソンながら世界のトップ選手と競い3位に入った大迫傑選手が日本以上に海外で評価されているのも納得できます。

私も22年間の競技生活で数え切れないほどのレースをしてきましたが、確かに1位になるというのはとても難しいことだと感じる経験がたくさんあります。

いくら力のある選手でも、狙ったレース当日を怪我や体調不良で万全の状態で挑めないこともあります。レース中の転倒などのアクシデントもありえます。ですから、狙ったレースに、「気力」、「体力」、「運」、そして、「レース展開」を揃え、自分の力を出して相手を上回った時にレースに勝つことができるのです。

「力をつけること」と「力を発揮すること」は別物なのです。乱暴な言い方かもしれませんが、冬場の高速レースでの記録狙いマラソンは速く走る準備だけで良いですが、夏場の勝負を競うマラソンにおいては、「力を発揮するため」に準備すべきことがたくさんあるのです。

世界のトップと競う経験

私は、毎年のようにニューヨークシティハーフマラソンを走らせていただいたのですが、2007年大阪世界選手権金メダリスト、2008年北京オリンピック銀メダリストのキャサリン・ヌデレバ選手とはよくレースで一緒になりました。

ヌデレバ選手の特徴は、集団の後ろで虎視眈々とレースをみて、最後に先頭を奪いにくるという、勝負師な選手なのですが、ヌデレバ選手のような、確実にメダルをとりにくる選手と走る時は、最後のスプリントで勝つなんて力的に無理なことは分かっていたので、とにかく最初から勝負を仕掛けるというレースをしてきました。

後ろに着くのではなく、自分の走りでメダリストの前を走り、レースを作るという経験、最後までメダリストに勝てるかも知れないと思いながらレースが出来たことは、自信にもなりました。

そして、海外レースでは、いつ何が起きてもおかしくないくらいのことがあります。だから、タイムに一喜一憂するのではなく、最後までレースを捨てずに、今できることに専念しつづけることが重要です。

メダルを狙って、やっと入賞という現実

ロンドン世界陸上の女子マラソン代表の3人は持ちタイムのランキングでは、出場選手の安藤選手、清田選手、重友選手とも、上位にランキングしていましたね。

代表選手3人の中にも、若い勢いでメダルという想いがあったと思います。もちろん勢いでメダル獲得はありだと私も思っていました。私自身も20代前半でマラソンに挑戦して、良い記録を持っていたら「若い勢いでメダルとってやる。」と思ったに違いないです。

私は、ベルリン世界陸上の記者会見で「メダルを狙って走ります、最低でも入賞はします。」と発言していました。同じ大会で銀メダルを獲得した、尾崎好美選手も同じことを言っていました。

結果、尾崎さんと私で銀メダルと7位という差が出たのは、レース中の一瞬の判断だったのだと思います。

レースは30kmで一気にペースが上がる展開になりました。これまでの1km3分30秒だったのが、1km3分15秒〜3分20秒へのペースアップです。尾崎さんは先頭を追いかけて、私は追いかけず5位集団に落ち着いてしまったのです。

ここでの判断が「メダル」か「入賞」かを決定づけたのだと思います。

私の中では、先頭を追いかけるなら、メダルか何もなしで終わるか、先頭を追いかけず確実に入賞を狙っていくかという考えでした。レース中の揺さぶりのきつさから、勝負どころで対応できず、気持ちがメダルから入賞狙いに変わってしまっていたのだと思います。

今の私なら、メダルを狙って、賭けに出ていくと思います。「不完全燃焼のレースにするくらいなら、次に繋がる思い切ったレースをする」。この気持ちを勝負どころまでもっていけるかどうかです。

北京オリンピック女子マラソンで25kmからスルッと飛び出し、最後まで逃げ切った金メダリストのディタ選手みたいなレースは印象的でした。オリンピックや世界選手権はどうしても勝負になってしまいますので、相手の動きを伺いがちなレースになってしまいますが、オリンピックで周りに惑わされず、ライバルそっちのけでメダル獲得に挑戦する姿に嫉妬を感じたほどです。

さぁ、世界のレースへ挑戦しよう

海外には色んなレースがあります。世界を舞台に考えている選手なら、大きな大会でなくとも、絶対に海外レースはどんどん経験しておくのが良いと思います。できれば、若いうちから経験できる価値はあると思います。レースのみならず、海外の選手と交流が生まれることで視点が高くなり、視野が広がることも期待できると思います。

監督やコーチ付きでなく、1人で海外レースに行くのも良い経験です。海外選手と交流をしたり、レース前の行動やレースの走りなども自分で決めて行動することも、選手としての大きな成長になると思います。

例えば、スタート10分前に大会会場に到着するとか、スタート時間になってもスタートできず冷えきった体で何分も待たせれるとか、普通にあることです。日本のレースがとても恵まれていることを海外にいくと痛感します。

何が起きても動じないメンタリティ、むしろ「何かあったら笑い話にしてしまおう」と思える覚悟は、トラブルに対してプラスに働きます。

現役引退後にも講演や企業研修、ビジネスプランコンテストなど様々な未知な経験をしましたが、初めてのことは緊張しますし、精神的にもかなり追い詰められます。ですが、1度目は思い切りやって失敗しても笑い話のネタ作りと思って挑戦しました。同じような状況で2度目にやると、自分のスキル以上に、精神面での余裕に驚きます。3度目にもなれば最初は何が不安だったのかも忘れるほどです。本番前に似た環境の経験することで自分のパフォーマンスを発揮させる可能性を高めてくれます。

番外編:私の海外選手との交流

今回のロンドン世界選手権女子マラソン銀メダル、ケニアのエドナ・キプラガト選手は、年齢は37歳です。私と同世代のキプラガト選手ですが、2011年テグ世界選手権、2013年モスクワ世界選手権、女子マラソンの覇者です。

現役時代、海外レースのエージェントが同じ人だったということもあり、同じ大会に出ることが多く、一緒に食事に行ったり、朝走ったりもさせてもらいました。世界トップだからといって、決して贅沢するわけではなく、食事に行ったのもカジュアルなイタリアンのお店に行ったりしました。

ニューヨークで一緒だった時は、一緒に朝練をすることになり、「どんなペースで連れて行かれるのだろうか?」と前日から緊張しましたが、セントラルパークをゆっくり走っただけだったというのも良い思い出です。

ただ、リラックスジョグをする際のコース一つとっても、アスファルトの舗装された道ではなく、起伏を使うのだと、世界トップクラスの選手と近づくことで、レース以外での一面を学ばせてもらいました。

こうして、顔見知りになっておくことで、いざ、世界大会に出た時に、アウェイ感満載にならずに、落ちついて走れたりすることも知りました。

これからの選手たちに期待すること

今回、少し偉そうな書き方になってしまいましたが、私の経験を踏まえ、これからの日本マラソン界への期待を込めた応援メッセージとして、書かせていただきました。

今の現役時代選手は若い選手が多く、私よりも遥かに力があって、メンタルが強い選手なんてたくさんいると思います。

ですから、自分の置かれている環境に甘えず、自ら一歩踏み出す勇気を持って行動してもらいたいです。そして、競技生活の中で、成功レース、失敗レースもしてタフな選手になってもらいたいと思います。

レースで結果を出すだけが、強い選手ではないと私は思っています。世界のトップクラスの選手のほとんどが、失敗を糧に強い選手と進化しているのです。そして強い人間として、その後の人生も輝いています。

これからは速いばかりでなく、真の強さをもった選手が出てくることを期待しています。最後まで読んでいただきありがとうございました。


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